カブト虫を捕る話
北海道で、小学三年まで過ごした。
その当時の私にとって、カブト虫は、牧場の糞の下にいる虫だった。
兄たちと山の放牧場で捕ってきたそれは、黒光りする体に、りっぱな角を持ったやつで、私の宝物だった。
東京に出てきて、初めて、本物のカブト虫を見たときは驚いた。
そして、私がその時まで、それとばかり思い込んでいた物は、ダイコクコガネという虫だということも知った。
それから私は、カブ捕りに夢中になった。
その頃、私が住んでいた辺りには、まだまだ雑木林が残っていた。
今の町に移り住んで、塾を始めてから、長い間忘れていたカブ捕りをまた始めた。
教え子たちに連れて行かれた山で、樹液に集まる、たくさんのカブト虫やクワガタを見て、昔の気持ちが甦った。
子どもらは、クワやカブの居る場所を実に良く知っている。
アカ山、カラ池、スイカ場、良い場所には名前が付けられ、その幾つかは、所謂“秘密の場所”だ。
一つの場所には、一本から数本の、虫の集まる木がある。
子どもたちは、まるで、花を訪ねて回る蜜蜂の巡礼のように、木から木へと飛び歩いては虫を捕る。
仲間の中で“年を取った少年”の私には、少々きつい。
一時期、カブト虫を捕るワナに凝った。
黒砂糖や酒で蜜を工夫し、木や竹で拵えた箱に入れ、夕方、木の枝に仕掛けておく。
集めて一度に捕るという、合理的な、大人の知恵だった。
だが、今はしていない。
捕れすぎて飽きた訳ではない。捕れないのだ。
「先生のワナ、ちっとも捕れねえな」「先生のワナ、カナブンばっか」「また空だったね」。
何度かの試行錯誤の揚げ句、諦めた。
夏休みが近い、また巡礼の季節が来る。
今年も、子供らに後れずについて行けるだろうか。