作品、版木等の寄贈に関する私の考え
岡本 流生 July 11 2010
1.何故寄贈するのか?
私の両親が亡くなり、その家を取り壊す事になった時に、残されたものを整理、処分した事が有りました。 父親が残した多くの蔵書、母の着物、写真や日記、その他の多くの遺品の整理、そして処分は、両親を愛していた私にとっては、とてもつらい仕事でした。
その経験から、私は自分の物の整理を、自身の目の黒い内にやって置くべきだと強く思ったのでした。 特に、作品、版木、下絵類のように、残された遺族にとって、保管する場所や管理の方法などで重荷になる物は、還暦までに全て行き先を決めておこうと決めたのでした。
二人の息子は、私を愛し、尊敬してくれています、それ故に、彼らは、残された作品や版木の保管を、私のためにも、できる限りの事をしたいと思うでしょうが、日本の住宅事情はそれを許さないでしょう。
2. 何故、国内ではないのか?
私の作品に対する国内での評価は、海外でのそれと比べて、決して高いとは言えません。 実際、作品の購入者の凡そ9割は外国の方です。
また、幾分、権威主義的な国内の美術館は、私のような無所属で肩書きもない作家の作品を、積極的に収蔵しようとは思わないでしょう
3。 何故、ノルウェーなのか?
作品、版木等の寄贈先は以下の事を考慮して決めました。
T 平和な国である事 (フセイン政権崩壊時の、イラクの博物館の様子が頭にありました。)
U 市民が、文化、芸術を楽しむだけの、生活にゆとりがある国である事。
V その国自身に、歴史的伝統、文化の厚みがある事。
W 市民が、芸術、特に絵画や彫刻に深い関心を持つ国である事。
X 出きれば、熱帯や多雨の地域でない事。
Y 寒い地方の方が好ましい事。これは、作品や版木の保管に適する事は勿論ですが、私の個人的文化感に寄るところが大きいのです。 すなわち、文化には、北方系と南方系があり、木版画のような緻密な作業を根気よく続けねばならないものは、どうも、北方系の文化のように思えるのです。
Z イスラムの国は、向かないだろうという事。 これは、以前、或るイスラムの国で展覧会を行った時に、女性像の作品の展示を、辞退するように求められた経験が有るからです。その宗教観から、文化に対する価値観に違いが有るのは致し方ないことですが。
以上の事から、北欧の国が最も相応しいと思ったのでした。
そして、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、そしてデンマークの大使館に私の希望をメールで伝えました。
そして、その、私の要望に対して、ノルウェー大使館が最も迅速に、そして誠実な応対をしてくださったのでした。 これも縁なのだと、その時に強く感じ、ノルウェーに寄贈したいと決めたのでした。丁寧にそして的確な応対をしてくださった、広報部の伊達様には大いに感謝しております。
4. 版画家としての私の位置、私の作品の価値は?
日本の多色刷り木版画は、浮世絵以来、数百年の長い歴史を持ち、その技術の高さ、作品の質は世界中によく知られています。 しかし、近年、伝統的な技法で、オリジナルな制作を試みる作家は数少なくなり、今にもその伝統の継承が途絶えようとしているのが実情です。
私の知る限り、高度な伝統的技術を駆使して木版画を制作している作家は、世界中でも数人。 その中で、現代の美人画、人物風俗画となると、私を含め二人ではと考えられます。 (私の技術については、吉田司氏、木版画一家として世界的に知られる Yoshida Family の後継者で、木版画の権威、は、日本一であると評価しています)
また、私の作品は、江戸時代から明治初期の浮世絵、その後の大正、昭和初期の新版画、創作版画と言う、日本の木版画の歴史の流れの本流に位置し、それをさらに後世に伝えるべき架け橋になるべき立場にあると自覚しています。
5. 私の作品、版木等を収蔵する意義は?
T. 下絵、版木、作品を一括して保存する事により、作品を制作する過程が一目で理解できる。 これは、将来木版画家を志す者にとっても、また日本の木版画を研究しようとする者にとっても、大きな意味を持つと信じる。
U. 彫りに於いては、一連の版木を見ることで、そこに施された様ざまな伝統的技術や、新たに創意工夫された新技法を学ぶ事ができ、摺の様子も版面に残された色の様子から、学べる事が多い。
V. 14歳から版画を始めた私の(大学は海洋生物学専攻ですが)、初期から今までのほぼ全ての作品、版木を収蔵する事は、一人の人間がいかにして芸術家に成って行くのかを語る貴重な教材となり得るとも信じます。
以上の事から、私は今回の寄贈品が、来世紀、或いは更に先の将来には、オスロ大学文化歴史博物館の誇るべき宝になるものと信じます。
6. 私の夢、私の希望
最後に私の希望、夢をお話しします。 それは、今回の寄贈、展覧会を通して、遠い異国であるノルウェーの地に、木版画の文化が花開く事、そしてノルウェーと日本との文化交流がいっそう盛んになることです。
その為にも、今回の寄贈品が、博物館において有効に活用される事を願っています。